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2010年2月

2010年2月28日 (日)

悲観してはいけない

うまくいかないことばかり、というのがこの世と言ってもいい。思い通りにとんとん拍子で物事が進む経験は、意外に少ないものだ。それでも平然と暮している人たちが大半だ。自分自身、これまでを振り返ってみても、気にもせずに通過してしまったことが多い。その当初、ちょっとイヤな気分になって、そのうち気持ちが紛れ忘れてしまう。

ところが時として、スルリと通過できず執着してしまうことがある。こういうときの考えはろくなことがない。「下手の考え休むに似たり」より悪い。休むならまだいい。それどころか悪いほうにどんどん思考を進めてしまい、夜ひとり悲観的な結論を出し、ああダメだという嘆きに終る。

アラ還にもなっていまだこの呪縛に陥ることがある。でもこのときの考えは捨て去って忘れてしまった方がいい。それはハッキリ言って間違っているからだ。自分をダメだと結論つけることが正しいはずがない。なぜならそこからは、何んにも生まれないから。絶望だけが産み出される考え方や、使ったその頭脳とは、いったい何ほどのものか。

そんな結論を出すくらいなら、もっとマシなことを考えるべきだ。やり損ねた勉強を始める方がよっぽど益になる。人は倒れたままではいられない。よろよろしても立ち上がるようにできている。たぶんそれが与えられたDNAだ。

2010年2月25日 (木)

批判の道と、学びの道

ある本を立ち読みしていて、教えてもらい気づいたことがある。人生がうまくいかないときにうすうす感じていたことでもある。だから、あ、そうかとピンと来た。

人生には、「批判の道」と「学びの道」の2つがあるという内容だ。失敗とか不遇に陥るときに、人はどちらかの道を選んでいる。

批判の道を選ぶ人は、不平不満を溜めこみ、他を恨み非難する。しかし、そこから抜け出す手立てはない。最終地点までスパイラル的に急降下する。なぜなら上昇する翼を持たないから。

でもこのコースは気持は楽だ。怨みつらみの感情を爆発させ、ストレスを発散している気がする。そして自分を変える痛みは伴わない。

そう考えると、学びの道を選ぶしかない。つらくても自分を変えていく道だ。過去の自分の傷を見つめる道でもある。



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