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2011年2月17日 (木)

欲しいもの

馬齢を重ねてくると、自然にわかってくることがある。何かをきっかけにわかるというのでなくて、ああやっぱりそうなんだな・・・としみじみわかる理解の仕方。禅に、頓悟と漸悟という言い方があるけれど、この後者のようなものだと思う。年をとれば、少しは賢くなって当たり前だという感じ。

そのひとつに、自分の人生の大半は、欲しいものを追いかけてきた時間だったということ。その欲しいものは、欲しいと思わされてきたものだったかもしれないけれど。
高度成長期というのは、それが原動力になっていて、欲しいものが次々と現われては、それを追い求める繰り返しだったかもしれない。いつも無いものを求めるという姿で、ウン十年も過ごしてくるとそれが当たり前になってしまう。

しかし、たいていのものを手に入れて、欲しいものが次第に少なくなってくると、同じ精神状態では立ち行かなくなってくる。手にしていないものを手にすることで、満足感を覚えるということは、成り立っていかない。何を求めたらいいのか、どうすればいいのか?という思いとともに、やはり物をたくさん持つということで人生を過ごしてきた事実が、ぼんやりと自覚されるのだ。

よく考えてみれば、これは精神的にはとっても貧しい。人生の充実感とは何なのか、自分の幸福とはどうなることであるのか、それを問わずに人生の大半を過ごしてきたということである。もっているさまざまなものを点検をすれば済む話ではない。

木々の葉の上に、しずくがのっていて、光を浴びてレンズのように輝く。枯れ葉の縁に、霜が下りて衣裳をまとっている。あるいは、暮れ行く山の稜線が黒いシルエットになり、生ぬるい風が頬をなでていく。こういう瞬間に、自分は確かにこの世界の中につつまれて生かされてきたんだと実感する。欲しかったものを持つことで満ち足りる世界とはまったく異なる、自分の現在、自分に与えられたものごとに気づくこと、どうもその辺に鍵があるように思う。

Srsany0086

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