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2011年4月

2011年4月14日 (木)

強い人とは

ほんとうに強い人というのは、ふだん静かでひっそりとしていて、そのことを別に変だとも思わずに、そんな状態を楽しんでいるような人ではないかと思います。

にぎやかに騒いでいる人とか、声高にあれこれ主張している人は目立つので、つい注目しがちです。けれどそういう人たちはほんとうは強いとはいえない。

なぜそう思うのかこのごろわかったことがあります。それは人から認めてほしいという要求についてです。

認証欲というのは誰でも持っている基本的な要求であるとマズローは言いました。レベルとしては高度な要求として位置づけられています。生理的要求、安全の要求、愛情と所属の要求、そして承認の要求、自己実現の要求の5段階の順番で現れて、承認の要求は4番目とされています。

しかし昔からはたしてそうなのだろうかと疑問に感じていました。下位にある要求を満たしたときに、承認してほしいという要求が必然的に現れてくるものだろうかと。そういう人間像がどうも思い浮かばない気がしていたのです。

承認してほしいという要求の元になっているのは、集団から疎外されることへの恐怖です。集団に所属し認められることが、自己の存在にとって不可欠だということを認めているということになります。

どこかに所属して承認されないと不安でいられなくなるほど、人間の存在は集団依存しているのだろうか。また承認を求めて、活動をするような要求が生まれてくるのだろうか。

すると声高に自己主張し、宣伝し、認めてもらうという行動が自然に出てくるということになりますが、こんな不安定ともいえる依存症的な精神状態が本来の人間の要求とは思われないのです。

もっと自分に自然に安らう状態が本来なのではないか、こういう人こそ強い人なのではないかと感じるのです。




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2011年4月 1日 (金)

マイワールドな人

先日、ある方とお話しする機会があって、そこにはもうひとりの若い方も同席していました。とりとめのない雑談の場だったのですが、その方が会話に加わるたびに、会話の場が乱れて一瞬シーンとなる経験を繰り返しました。若い人も(むろん)自分も、黙ってしまうしかないため、その雑談のあとに、とても疲労感を覚えました。

会話の話題にそった話ではなく、会話をきっかけに頭に思い浮かんだことを、すぐ口にするパターンなのです。したがって相手の話を聞く姿勢はありません。たんに相手の言葉から触発され自分のなかに思いついたことを語るという繰り返しです。会話の流れはとぎれ、なぜそんな話題になってしまうのだろうと黙してしまうのです。

おそらくこうして長い間生きてきたので、何の疑問も感じていないにちがいありません。ひととおりしゃべり終わって、満足したのでしょうか、さあ行くかとばかりに帰っていきました。

こういうタイプの方は会社などの組織の中にも多いです。相手の話は、基本的に聞きません。討議や会議などで時間を費やしても、結論は始めから決まっていて自分の考えていたとおりのことなのです。つまり討議や会議は、自分の考えを相手に伝達し押し付けるだけのもので、相互に歩み寄ったり相手の事情、情報を得てよりよい結論を導くという場ではないのです。

組織の中で立場が高かった人に多く、こういう人は組織をリタイアしてからが大変になります。地域の方と対等な目線で付き合うことができず、周囲の方とうちとけることができませんし、また家庭にあっても、家族から見放されている人が多いのです。マイワールドな人は、孤独にならざるをえません。


Sr20060906_028
雨降りの後で(駒ヶ根市 6月)

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