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2011年11月

2011年11月28日 (月)

達磨禅師のはなしの原典

前記事に書いた達磨禅師のはなしは、『無門関』という禅のテキストに載っています。忘れないうちに記しておきます。

達磨安心(あんじん)

達磨面壁す。
二祖(慧可)雪に立ち、臂(ひじ)を断って云く、
『弟子心未だ安からず。乞う師、安心せしめよ』。
達磨云く、『心を将ち(もち)来たれ、汝がために安んぜん』。
慧可云く、『心を覓(もと)むるに了に(ついに)不可得』。
達磨云く、『汝がために安心し竟(お)わんぬ』

無門関第四十一則

中国語の文章はなんと簡潔で、余分なものが削られていることでしょうか。
これが代々伝播されて、今に伝わっているのですから、ある意味驚きです。

2011年11月26日 (土)

あてにならない心

次から次へと、新しいことがおきて、たいていそれらは、うれしいことというより、つらくて大変だったりお金を使ったりすることです。放っておけば心はいつもブルーになります。それに気づいたときに、気分転換する技術はとても重要です。

心というものは、生活の中でいつもヒラヒラとあてなく変化していきます。5くらい悩む話が、10になったり、20になったりするのはこの心というヤツのいたずらです。それに気づかずにとらわれ始めると、出口がなくなります。

しかし単純なところもあります。悩むようなことがあっても、ちょっとウォーキングしたり運動したり、絵を描いたりすると気分が変わり心も晴れ晴れします。きれいな風景に出会ったり、朝日を浴びることでも変化します。

よく思い出す話です。
達磨禅師が、インドからはるばる中国にやってきて、洞窟で何年も座禅をしていました。時の権力者の皇帝に接見したけれど、仏教を広めるのには草の根からというのでしょうか。ただ座っていた。最初の弟子が慧可という人ですが、この人、こころが不安で不安でしかたなかった。何とか安心した心を手に入れたくて、すがるように達磨に救いを求めるのです。

その問答は、禅の公案というものになっています。
達磨禅師の答えはあまりにもあっけないものでした。
その不安という心を、ここに出せ。そうしたら安心を与えてやろう。
慧可は、はたと詰まってしまった。

目の前に出そうとして、不安の塊を取り出すことができない。ハラハラドキドキしている心を差し出すことができなかったのです。何日も何日も(あるいは何年も)探求したのかもしれません。でもやはりダメで窮してしまった。

最後に達磨先生に、窮状を伝えます。不安で仕方ない心を掴まえようとしましたが、ついに不可能でした。
まあ涙ながらに訴えたのかもしれません。助けてくれと先生にすがったのに、その原因のものが出せない。お腹が痛ければ医者にお腹を見せますが、そのお腹が出せないのですから。情けないといえばこんな情けない話もありません。助けてくれというくせに、何やってんだというところでしょうか。

でもこれが解答だったのです。解答の入り口に立った。
達磨の答えは、ちょっと面白い。また感動的です。
たったいま、お前の心を安心させ終わった、と宣言したのです。
弟子は始めは面くらい、そして悟ったのだろうと思います。

禅の指導法にはこういうやり方が多いですね。まず無理難題を吹っかけて、弟子を徹底的に考えさせる。追い詰めていく。ギブアップ状態の茫然自失の弟子を、最後に谷底へ突き落とすようなことをする。そのとき弟子の心にあるこだわりが壊れてしまう。つかんで離さなかったこだわりを、自分から捨てるのです。

この慧可は二祖として禅仏教を伝え、それが中国に広まり、ついには日本にも伝えられたのですから、重要な問答だったのですね。

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