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2012年7月19日 (木)

こころに潜む闇

虐待事件で、加害者の親の述壊を聞くことがあります。
かならずしも虐待をしたいと思っているわけではないのに、
なにかのきっかけで虐待の行為におよんでしまう。
そして感情がおさまると、してしまった結果を後悔する。
これをくり返す・・・そんな話です。

そのきっかけは、自分になつかないとか、
自分と似ているとかそんなことが多い。

もちろん、しつけの一環としてやった
という弁解を聞くこともあります。

でもここに深い闇を感じざるを得ない。
それは自分の中に、
まるで逆の方向のこころが潜んでいると思われるからです。
自分は子供に愛情を持っているし可愛がることもある、
しかし何かをきっかけに、子供が憎しみの対象になったり
攻撃の対象になってしまう。

こころの中に、投射という働きがあります。
自分の心にある、自分の嫌いな部分、見たくない部分は、
ふだん蓋されて見えていないし意識されていないのです。

ところが他人の中に、自分と同質の嫌いな部分、見たくない部分を
見た瞬間、とても感情が動くのです。
そういう部分に対しては、異常なくらい敏感に反応するという現象です。

嫌いなものというのは、
たいてい自分のなかに同じものがある場合が多い。
それを相手に投射して反応してしまうわけです。

虐待の現場というと語弊がありますが、
虐待のその瞬間に加害者の心に何が起きているのか。
ボクはこの投射という作用が働いているのではないかと思っています。

その親は幼い頃、さらにその親から虐待を受けて、怯え苦しんでいた。
その記憶はこころの奥底に深くしまわれています。
それはいわば見たくない嫌いな自分の姿です。
自分では意識しないことが多いと思います。

しかしわが子供を虐待するとき、怯えて苦しむ子供の姿に、
かつての自分の姿を見てしまう。
それは見たくないし、思い出したくない姿なのです。
しかし子供の姿を契機にして、押さえ込んでいた感情のエネルギーが
飛び出してきて、弾けてしまう。
それはあってはならないこと、見てはならないこととして
暴力を振るうことで否定しようとする。
感情の暴走をコントロールできずに、
思いもよらないひどいことをしてしまう・・・
こういう経緯をたどるのではないかと考えています。

以上は、ボクの仮説です。
かならずしも、世間で認められたものではありません。
しかし、残念ながら加害者の心理を、
えぐりだすような解明は、これまであまりされていない気がします。
こころの闇に切り込まないと解決はしない、
それが解決への第一歩だという思いは強いです。

親はなぜわが子を虐待してしまうのか?
その答えがなければいけません。







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