« 目をそむけるほど・・・ | トップページ | 自分の姿も、やっぱり見えない »

2012年9月 8日 (土)

自分の顔は、見えない

馬齢を重ねてくると、いやでも当たり前のことがわかってきます。
とくに変わってきたと思うのは、『己(おのれ)自身を知れ』という部分。

自分が思っている自分自身と、他人から見える自分とは、
相当ちがっているものだと、自然に納得するのです。

自分自身のイメージってありますよね。
自分はおとなしいとか、ひとにやり込められている、
あるいは、自分は明るく活動的だとか・・・
若い人が、『わたしって、そういうことが出来ない人じゃないですかぁ・・・』
とか言っているのを聞くと、ちょっと微笑んでしまいます。

自分の感じている自己イメージと、他人が感じるものは、
相当にちがう・・・これが実感です。

ジョハリの窓という心理分析の手法をご存知でしょうか。
参考まで、たとえばこちら・・・

自分が知らない自分自身を、他人は見ているという可能性があることを
指摘しています。

本当の自分(というものがあるのかどうか実は疑問ですが)については、
よくわからないということになります。

そういうことに気づくと、自分の性格について悩むということが、
相当にピント外れではないかと思えてくるのです。

だってそうじゃありませんか。
的外れの自己像をかってに作り、それに関して悩むなんて。
他人はちがう風に見ていたとしたら、
それって茶番劇というか一人相撲をやっているだけになります。

ときどき、わが奥さんと話すのですが、
奥さんの発する言葉の端々から、
自分自身を、気が弱く、か弱い性格の女性だと、
思っているらしいことがわかることがあります。
でもそれは相当にちがっています!(キッパリ)。
自己像というものは当てになりません。

一人で自分の性格について悩んでいるのなら、
いちど親しい友人や、家族に自分の自己像のことを話してみるといいのです。
これはけっして無駄にはなりません。
思いもよらない側面を発見するかもしれませんね。


★最後までお読みいただきありがとうございました。
面白かったとか、そうだったのかへぇーとか、
参考になったと感じられましたら、
ひとつポチッと応援してくださいませ。
これからも元気に記事を書くはずです。
   ↓

にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ
にほんブログ村

« 目をそむけるほど・・・ | トップページ | 自分の姿も、やっぱり見えない »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1336200/46961231

この記事へのトラックバック一覧です: 自分の顔は、見えない:

« 目をそむけるほど・・・ | トップページ | 自分の姿も、やっぱり見えない »

無料ブログはココログ