« 怒りに対する一考察 | トップページ | 自分の顔は、見えない »

2012年9月 2日 (日)

目をそむけるほど・・・

怖いこと、不安なことから目をそむけるほど、
その怖さや不安は増大していきます。
怖いことを、嫌なことと置き換えても同じですね。
嫌なことを、嫌なまま放置して目をそむけていると、
その嫌さ加減は、ますます増大することになります。

これはこころの法則みたいなものです。

気の進まない課題や、期限付きの嫌な仕事など、
放置しておくと、ぎりぎりになって手に負えなくなるほど
苦しむことになります。
子供の頃、夏休みの宿題を放置、
8月末を前にして泣きながらやった記憶があります。

その仕事や課題の大変さに加えて、
目をそらしたことによる、「苦痛の増大」に直面するのです。

なぜなのでしょうか?
背を向けた仕事の大変さや嫌さ加減は、
際限なく大きくなるように感じます。
このこころの作用は何故なんでしょう?

それは意識するにせよしないにせよ、
人間はすべて「意思の力」を使って生きているからじゃないかと
考えています。

遊びに行こうとするときは、その前段階で、
「遊ぶぞ」という決心が固められています。
会社に行く朝には、「自分は(嫌だけれど)会社に行く」と
決心が介在しています。
どんな行動でも、その行動の前には「決心」があって、
すでにこころの決着がついている気がするのです。

ところでこころの決着がつかないまま、行動することは
あるでしょうか。本心ではそれをしたくないし、する気もない、
でも意に染まないまま行動している状態です。
確かにこういう状態はあります。
それはとっても辛いし、泣きたくなるような心理状態です。

嫌なことから目をそらしているのは、
こういう前段階じゃないかと考えるわけです。
嫌なこと、怖いことなどに向かう決心がつかない矛盾した状態。
やらなければいけないことは頭ではわかっているのに、
こころが向いていない。

意思が固まっていないこと、
それから背を向けてしまっていること、
こういう後ろめたいこころの状態が、
「加算的に」苦痛を増やしているように思います。

そむいている意思と、やらなければいけない行動が、
ぷっつりと乖離した状態になるだろうということ。
うすうすそのことに気づいているからかもしれません。


★最後までお読みいただきありがとうございました。
面白かったとか、そうだったのかへぇーとか、
参考になったと感じられましたら、
ひとつポチッと応援してくださいませ。
これからも元気に記事を書くはずです。
   ↓

にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ
にほんブログ村

« 怒りに対する一考察 | トップページ | 自分の顔は、見えない »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1336200/46923693

この記事へのトラックバック一覧です: 目をそむけるほど・・・:

« 怒りに対する一考察 | トップページ | 自分の顔は、見えない »

無料ブログはココログ