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2012年9月11日 (火)

自分の姿も、やっぱり見えない

自分の顔は見えないと書きましたが、自分の姿も見えないのだと思います。
そのことをスポーツの例でお話したいと思います。

自分は中年になってからスキーを覚えました。
それ以来、上達を夢見ては、暇さえあれば滑っているようなマニアです。

スキーの上達に関して、いろいろ突っ込んでいくと、
これって心理学そのものだなと思うことがあります。

ある本に出ていた話です。
人がスキーを履いて滑っているのを見て、
その人の滑りの技術が、自分と同じくらいだなと思うときは、
その人の技術は、自分よりかなり上だといいます。
なんだかヨタヨタして、ヘタッピな滑りだなと感じる人と
自分の技術が同じくらいだということが多いと。

なぜこんなことになってしまうかと言うと、
人の滑りは、外から客観的に(冷ややかに)見ているのに対して、
自分の滑りの程度は、自分の滑走感覚で想像するしかないからです。
むろん、かなりの自惚れが混じっているわけです・・・

スキーのレッスンに、ビデオレッスンというのがあります。
生徒さんの滑りをビデオ撮影して、
クセとか直すべきところを、生徒さん自身の目で見て、
納得してもらうという意味があると思います。

ビデオレッスンで、生徒さんが怒り出すことがあると
聞いたことがあります。
自分の滑りを見せつけられて、
「自分はこんな下手ではない! これはほかの人だ!」
と叫ぶのだそうです。

スキーは自惚れのスポーツだといわれていますので、
自分の中では、デモ並みの滑りがイメージされています。
オレの滑りを見ろっていうくらいです。
それが、情けない現実の姿を見せられ、
かなりのショックであるのはまちがいありません。

スポーツの世界ですら、自分の本当の姿、真実を見つめることが
なかなかできません。
まして形のないこころの世界では、どれだけ思い込みが激しくて、
自己中心で、我田引水の考えが支配していることか・・・
想像を絶するのではないでしょうか。

自分のスキーの滑りがだいたいどの程度のものか、
欠点はどこにあり、何をしなければならないかが
わかっている人は、そうとうな上級者だそうです。
いわば客観的な姿と、自己イメージが一致している人です。
(それが食いちがう間は、悩みは尽きないわけです・・・)


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