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2012年12月15日 (土)

永遠にわからない言葉

昔から、どうも理解しえない言葉というものがあります。
その最たるものが「自分探し」という言葉。
自分探しの旅、というふうに使うこともあります。

アラカンにもなっても、いまだに使う友人もいます。
でもそれって格好いいのでしょうか。どんなものでしょう?
それを自分は理解しにくいし、したいとも思いません。

自分のことがわからないので、
ほんとうの自分を見つける旅という意味でしょうか?
どこか他に出かければ、自分というものに出会える
という意味でしょうか。

突然ですが、日本人はこの手の「わかったようでわからない言葉」が
大好きです。わからないために、そこに余韻があるのだと思い込みます。
その余韻のなかに韜晦してしまって、何がなんだかわからない。
言葉の含みというものをとても大切にする。

欧米人に、「自分探し」を説明しようとしても、
決して理解されることはないでしょう。
自分とは、ここにいるアナタでしょ?
それ以外に自己があるわけ?と怪訝な顔をされるでしょう。
幽体離脱しているわけ?と聞かれるかも知れません。

意図して、わからなくしているケースも見られます。
都合が悪くなると、言葉を言い換える。

たとえが適切かどうかわかりませんが、
メルトダウンを炉心損傷と言ってみる。
なにか軽い感じになってそれほど心配ないと思えます。
いまだに日本人は「敗戦」記念日とは言おうとしません。

いま日本人の心性における、言葉の役割に関心を持っています。
結論から言えば、日本人は言葉にあやつられやすい国民だと
思っています。
なので、余計なことをたくさん心配しているのかもしれません。


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