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2013年2月16日 (土)

『毒になる親』を読み返す

父が亡くなってから、身の回りでふしぎな現象が、何度かおきました。
自分は霊魂という存在をあまり強く信じてはいませんが、
2度3度と不可解な現象が続くと、あるのかもしれないなと思いました。
とすると父はこちらを監視していることになります。
それもあまり愉快ではありません。

一度目。
ある晩、自宅で食後にうとうとと寝入ってしまいました。
家内も2階の寝室に行ってしまって、自分だけが一人、
1階にいた状況でした。
ふと物音で眼が覚めました。
それは隣の部屋との境界のふすまの音でした。
普段このふすまは締め切りで、隣の部屋には誰もいない時間帯です。

ふすまは、カタカタ、カタカタと規則的にずっと鳴っていたようで、
その音で目が覚めてしまったのですが、しばらくして止みました。
隣の部屋は、家内が書道教室として使っている部屋で、
ひょっとして家内が物書きをしているのかなと思いました。
でも部屋には誰もいなくて、外の風も吹いていませんでした。

また別の日に、家内が不審な物音を経験しました。
隣の部屋から、ナイロン製のトレーニングウエアがこすれる
シャカシャカした音を聞いたというのです。
そのような服は誰も着ていないのです。

そんなことが他にもありました。

それと関連はとくにないのですが、
スーザン・フォワード『毒になる親』を読み返しています。
両親が亡くなってから読み返すことで、
いろいろと心に響く文章を見つけます。
自分の中で、幼少時代から思春期まで体験したことがらを
新たに思い出したり、これまでの体験が別の光により
照らし出されていることを感じます。
より深化しなければいけないのですね。

最近読み返した文章の中から、2つ選び出します。

●『・・・だがその反対に、子供時代に常に緊張と不安にさらされ、
苦しみを強いられてきた人間は、成長するとともに、
自分を防衛するために常に心身を強くこわばらせた人間に
なっていく。
それは精神的な鎧をまとっているようなものだ。
しかし、そうやって自分を守っているつもりでも、
それは他人を近づかせないということであり、
自分を牢獄に閉じ込めているようなものなのである。

p.140 第六章 暴力を振るう親 気まぐれな親の怒り より』


●『身体的な暴力であろうが言葉の暴力であろうが、
親に痛めつけられて育った子供は、煮え立つような怒りを
内面に抱えている。殴られ、侮辱され、脅され、けなされ、
抑えつけられ、そのうえ自分の苦しみは自分のせいだと言われ、
それでも怒りを感じない者はいない。
だが、子供はその怒りの正当性をはっきり自覚することができず、
また怒りを表にあらわす方法を知らない。大人になってから
抑えられた怒りがほとばしり出るようになるのも不思議ではない。

p.148  第六章 暴力を振るう親 心の十字架 より』



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